目次
31「夜汽車」 32「ヤンマ釣り」 33「ミニ観葉」 34「転居先不明」 35「小母さんの恋」 36「母の恋」 37「飛蚊症」 38「誘導音」 39「２８度」 40「美味」 41「傘」 42「住所録」 43「ママさん」 44「冬の街」 45「海の物とも」
|
31 「夜汽車」
２０時３９分 京都発
古い雷鳥
昔は弾のように飛んだが
今はマントをはおったカラス
添乗員を連れた団体客
笑いどおしの中心は若い社長
４０女の打ち明け話
私の人生 波瀾万丈よ
闇の遠くに
またたく灯火
近くに
巨大なパチンコ殿堂
ラスベガス
モナコ
ＵＳＡ
たけふ
さばえ
ふくい
こまつ
まつとう
松任駅で５人おりた
２２時５８分 金沢着
平成７年１１月作。目次にもどる。
|
|
32 「ヤンマ釣り」
オスのヤンマの真っ青な腰
カボチャのおしべで緑に染め
木綿糸結び
空に ぐるぐる回してヤンマ釣り
妹のまあーちゃんを連れてヤンマ釣り
ヤンマが釣れる
まあーちゃんの右手の
指にはさむ
ヤンマは大きな口をかっと開け
羽根をぶるぶる震わし
まあーちゃんも震える
４匹釣れると右手は一杯
左手の指にも四匹
９匹目は
まあーちゃんの口にはさむ
まあーちゃんの目玉の前で
ヤンマは震え
まあーちゃんは泣く
ああ ヤンマ釣り
まーちゃん連れてのヤンマ釣り
平成７年１１月作。このヤンマは石田他『日本産トンボ幼虫・成虫検索図説』東海大学出版会PI.３９の銀ヤンマである。目次にもどる。
|
33「ミニ観葉」
金沢長町
小さい花屋
売れ残った
４００円の
ミニ観葉
ひょろりとのびた蔦が
冷たい北風に吹かれて
僕に囁く
私を買って
私を買って
つい 買ってしまった
平成７年１１月作。目次にもどる。
34「転居先不明」
京都麸屋町二条下がる
昔 お世話になった
独り住まいの
おばあさん
年賀状を出したら
年末
転居先不明
で帰って来た
亡くなったと思い
その夜
おばあさんの夢をみた
元日
賀状のなかに おばあさんのがあり
よくみると
僕が出した年賀状は
麸屋町下がるになっていた
四日
麸屋町二条下がるに行った
おばあさんは生きていた
それにしても
住所記載不備なのに
転居先不明とはね
そういえば
死は転居先不明の
旅立ちなんだ
平成７年１２月作。目次にもどる。
35「小母さんの恋」
今 ８６歳の小母さん
僕が下宿していた頃
４５、６の
色っぽい未亡人だった
その頃
小母さんには
ボーイフレンドがいて
月に一回
デートしていた
小母さんの母親は心配そうに
紅殻格子から
娘がデートに出るのを見送り
僕も二階の窓から
小母さんを見送った
あれから４０年
僕は耳の聞こえない小母さんに
知らんぷりして 筆談で
未亡人になってから恋の経験ありますか
と聞くと おばあさん とぼけて
娘の頃に一回 恋をしました
平成８年１月作。目次にもどる。
36「母の恋」
米川小町といわれた母
花岡の伊達男の父
と恋をしたが
親の反対で
泣き泣き或る豪農に嫁いだ
３日続いた
婚礼の祝宴
３日目の夜
母は父と出奔した
母が死んで２２年目
妹からはじめて聞いた
母の恋物語
平成８年１月作。目次にもどる。
37「飛蚊症」
ある日突然
右目の前に現れた
沢山の蚊
寝ているとき以外
僕に付きまとう
沢山の蚊
不意にいなくなると
何故か少し淋しい
沢山の蚊
平成８年４月作。目次にもどる。
38「誘導音」
地下鉄や地下道の入り口付近で聞こえる
盲人用の誘導音
キーン・コーン キーン・コーン
何処のまちでも
同じ音が
霧笛のように聞こえる
冥府の入り口にも
誘導音があるかな
キーン・コーン キーン・コーン
平成８年５月作。目次にもどる。
39「２８度」
うちの気温計はいつも
２８度
いつも いつも
２８度
そとは熱波
体温に近いのに
部屋に帰ると
２８度
息を吹き掛けると
針が揺れるが
針が止まると
２８度
講義で疲れて帰っても
ゴルフの練習で汗をかいて帰っても
にわか雨が降っても
雷が鳴っても
２８度
３０度くらいはあると思って覗いても
２８度
見間違いかと 老眼鏡をかけて見ても
やはり
２８度
平成８年９月作。目次にもどる。
40 「美味」
あまから
にがい
すっぱい
味覚は毒から体を守るが
美味は鼻が決める
アレルギー性鼻炎は僕から美味を奪い
大脳皮質の老化は僕から
抒情を奪った
平成８年９月作。目次にもどる。
|
41「傘」
部屋の中で青い傘をさす
影に包まれて気持ちいい
一時間ほどそうしていると
本当に雨が降ってきた
帰ってきた人も
青い傘をさしていた
平成８年１０月作。目次にもどる。
|
42 「住所録」
知人が死んで
住所録を奥さんの名前に書き直し
終了キーを押すと
データーの並びかえが始まった
パソコンの中で今
彼は死ぬんだ
平成８年１１月作。知人が死んで、パソコンの住所録上、その人の名前を削除したり、変更するときは淋しい。目次にもどる。
43 「ママさん」
二年ぶりにバーに行くと
ママさんの顔が変わっていた
昔より顔が険しく
はっきり言って醜くなっていた
家庭内にトラブルがあるのか
店の売り上げが悪いからか
早めに店を出た
二、三日経って訳が判った
ママさんは歳をとったのだ
そうだ
歳をとったのだ
それが理由だと気がついた
それから二、三日経って また判った
僕が歳をとったからだ
そうだ
僕が歳をとったからだ
それが本当の理由だと判った
平成８年１１月作。目次にもどる。
44 「冬の街」
常磐津のお師匠さんが降りたあと
エレベーターには
何やらが薫り
街には
鋭い寒さが走る
三条大橋東詰
いつもの女物乞いが
毛布を被って うずくまる
救世軍のラッパの横
雪駄の禅僧が横切り
僕はテレホンラブのチラシをもらう
新京極 たらたら坂の向こう
ぼーと明るい あのあたりに
僕の青春が見える
平成８年１２月作。★目次にもどる。
45「海の物とも」
山の物とも
わからない
自分のことが
向こうが明るくなって
わかると思って近づくと
また わからなくなる
自分のことが
若いころ
未来は海の物とも
山の物とも
わからなかったが
未来を食い尽くそうとしている今でも
自分の見当さえつかない
平成９年３月作。目次にもどる。
★トップページももどる