新作詩 ５０
８９６「ドンのお見舞い」 ８９７「散髪日」 ８９８「ケロのお見舞い」 ８９９「ラオスの腕時計」
９００「さようなら△」last
８９６「ドンのお見舞い」
春の初め
抗がん剤の副作用がひどくなり
また一歩天使に近づいたボクは
空飛んで
８階の病室に入った
何か月前
8階病室に入った時
ボクと同病の鳩に会ったが
もうあの鳩は姿を見せない
ボクの入院を聞いた
娘の人形犬のドンが
空を飛んで東京から
見舞いに来てくれた
空旅でやつれた顔つきのドンは
”じいちゃん
人間は何故何度も病気になるの？”
”仕方ないんだよ
それが人間の天命だからね”
”うーん？”
不思議そうにボクの顔を見ていたドンは
最後にはニコッと笑った
何か判ったのかな
もう天使になりきっているドンの見舞で
ボクはちょっと元気になった
”ご機嫌よう”
誰かに習った奥様言葉で”さよなら”言って
ドンはあたふた
東の空に消えた
平成２８年３月１０日作。
今日は子供たちの
散髪日
子供たち
兄と妹の二人きょうだいの
散髪日
きょうだい
厭がって
ボクの膝の中で
ごそごそ抵抗するが
ボクはかまわず
バリカンやハサミで
散髪する
ああ
今日は子供たちの
散髪日
終わると
見事な虎刈り
”仕方ねーや”
せめてもの反抗
伝法口調で
きょうだい
悪口言って
にやり笑う
あれから何十年過ぎた
今
父の頭は抗がん剤で
丸禿げの丸っぱげ
だけど
きょうだいは笑わない
あれから何十年過ぎた
2016年3月12日作。目次に戻る。
東京の娘のとこには
人形犬ドンのほか
同じ大きさの
人形蛙のケロがいる
先日
京都のじいちゃんが緊急入院
じいちゃんが好きな東京のドン
矢も盾もたまらず
空飛んでじいちゃんとこに
お見舞いに行ったが
帰って来てぐったり発熱
アイスノンでドンの頭を冷やしながら
ケロ
”僕もじいちゃんの見舞いに行かねば”
と決心
机の上に歌川広重”東海道五拾三次”浮世絵画集がある
”そうだ 僕は足に自信があるから
日本橋から三条大橋まで
東海道５３次
駆けっこで行こう”
翌日早朝
ケロは皆に黙って家を出
日本橋から次の宿場である品川に向かって
走り出した
しかし
品川川崎神奈川過ぎて
保土ケ谷で早くもダウン
コンビニ駐車場に停まっていた
大型トラックの幌の下に潜り込み
持ち込んだ弁当食べて
うとうとしてると
もう右手に琵琶湖が見えてきた
大津過ぎると終点三条大橋
病院に行くと
じいちゃん今朝退院したとのこと
さすがのケロもじいちゃんのマンションに
着いた時
ぐったりよろよろ”まあケロちゃんどうしたの
早く足洗って”
ばあちゃん大慌て
禿げた頭光らせたじいちゃん
”やあケロも来たのか”
と嬉しそう
京都にはきょうだいの蛙人形がいて
名前も同じケロ
その夜
東京のケロと京都のケロ
ピンクの毛布かけて貰って
並んで寝た
ケロとケロ寝言は
ケロケロケロケロ
ケロケロケロケロ
平成２８年３月１６日作。二玄社「謎解き浮世絵叢書・歌川広重・東海道五拾三次」参照。目次に戻る。
LaoまたはLaos
タイとベトナムにはさまれた
細長い海のない発展途上国
そのラオスの名も知らない町を歩いてると
かっか日が照り
時々砂埃が上がる地べたに
日焼けしたおばさん
紙敷いて
布に簡単な刺繍した腕輪を売っていた
おばさんの側には痩せた犬が１匹
値段は二つで１００円くらい
腕輪を見た時
３年前
じいちゃんが入院したとき
毛糸で腕紐を作ってあげたら
じいちゃん
病室のドアにぶら下げて
”おまじない”
と言っていたのを思い出した
幅２センチくらいの腕輪に
RAOSと刺繍しただけのものと
赤い文字盤に
３時と６時と９時と１２時を刺繍し
短針は１２時を
長針は３時と９時を指した
不思議な時計の腕輪を
買った
帰国すると
じいちゃん病気が再発し
在宅治療中
京都に行き
ラオス土産の腕輪は二つとも
じいちゃんにプレゼント
じいちゃん
腕時計式の腕輪は
ボデイガードを自認するペンギンのペンペンの左手にはめた
じいちゃん
”ペンペン
その時計
時計なんて見たこともない
ラオスのおばさんが作った
不思議な時計だよ
今何時かな”
ペンペン
”今３時と９時だよ
３時だからおやつ食べようよ
おやつ食べたら
９時だからお寝みしようよ”
じいちゃん大笑い
平成２８年３月１８日作。目次に戻る。
明日はいよいよ最後の入院
退院のない最後の入院
窓の外には見慣れた６月の青空
青空の下の裏山には
見慣れた青葉若葉が広がる
近くの幼稚園から
キャキャキャキャー
という園児たちの遊び声があがる
ボクにはその声が
”さようなら△またきて□”
という唄のように聞こえる
今度ばかりは
さようなら△だけだよ
またきて□はないよ
とボクはつぶやく
平成２８年６月８日作。目次に戻る。
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